Source: Open Access Government

薬剤耐性が次の大規模なパンデミックを引き起こす?

保健制度と政策に関する欧州監視機関(European Observatory on Health Systems and Policies)のJosep Figueras氏とAnna Sagan氏が薬剤耐性に焦点を当て、これが次の大きなパンデミックを引き起こす可能性について考察します。

薬剤耐性が次の大規模なパンデミックを引き起こす?

2020年に突如発生したCOVID-19の世界的流行により、世界は大きな打撃を受けました。これまでに全世界で80万人以上がこの恐ろしいウイルスによって命を落としており、悲しいことにその数はさらに増え続けています。各国の経済が何週間にも及ぶロックダウンによって不況に陥る中、今回のパンデミックによる社会的コストが全体でどれほどになるのか、まだわからない状態です。

国際保健規則(International Health Regulations:IHR)や国レベルのパンデミック対策計画が設けられ、いくつかの警告が近年注目を集めていたにもかかわらず、COVID-19の来襲に対する備えはほとんどできていませんでした。

最初の症例が報告されてから9ヵ月以上が経過しても、このウイルスは依然として世界中のほとんどの国で確認されており、一部の国では制御不能な状態にあります。学校が再開されて子どもたちが登校するようになり、北半球の医療システムが冬のインフルエンザシーズンに備える中、一般市民も公的な意思決定者も一様にCOVID-19に注目し続けていることは驚くにあたりません。

薬剤耐性の危険性

しかし、ほかにも忘れてはならない問題があります。薬剤耐性(AMR)は、現代における喫緊の世界的な健康課題の1つです。AMRは、細菌などの微生物が抗菌薬に対して耐性を獲得する自然な能力です。この進化論に基づく能力は常に存在し、私たちはこれまで新たな抗菌薬やその他の抗菌薬を開発することでそれに対応してきました。しかし、ヒトと動物の両方における抗菌薬の消費量が世界的に増加し、抗菌薬パイプラインが枯渇したことで、AMRは現代医療にとって大きな脅威になりつつあります。比較的近い将来、人工股関節置換術、臓器移植、がん化学療法は言うに及ばず、親知らずの抜歯程度の簡単な手術も、AMRによって不可能になるかもしれません。その結果は、COVID-19よりも深刻で、封じ込めが困難なものとなる可能性があります。

AMRは軽減できるか?

すでに全世界で年間70万人以上が薬剤耐性疾患によって死亡しており、対策を取らなければ、その数は2050年までに年間1,000万人に増加すると推定されています。 EUだけでも、AMRによる死者数は年間3万3千人にのぼると推定され、医療費と生産性損失額は年間約15億ユーロに達します。

しかし、こうした負担は、効果的な部門間政策を実行することにより、大幅に軽減できる可能性があります。 経済協力開発機構(OECD)と欧州疾病予防管理センター(ECDC)による最近の報告書は、現在実施されている政策についてレビューし、どのようにすればこれを手頃なコストで費用対効果の高い形で達成できるかを示しています。AMRは、私たちがすでに把握し、軽減できる脅威です。

しかし、COVID-19とは異なり、AMRの危険性は静かに少しずつ高まってきているため、この脅威の深刻さが一般の人々に認識されるのに時間がかかっています。さらに、問題の複雑さに加え、ヒト、動物、環境部門の総合的な対応が必要なことが取り組みを難しくする可能性があります。多くの国において、AMRは依然としてヒトの健康問題という認識が強く、部門間で十分な連携が取れていません。それでも、AMRに対する国際レベルや国レベルでの取り組みはこの20年間で大幅に増加しており、多くの重要な進展が見られています。

欧州やその他地域におけるAMRとの闘い

欧州委員会では、すでに1998年に欧州抗菌薬耐性サーベイランスシステム(European Antimicrobial Surveillance System:EARSS)を設立していました。2011年に同委員会は「高まりつつあるAMRの脅威に対する行動計画に関する通達(Communication on an Action Plan against the rising threats from AMR)」を発表し、同年、WHO欧州地域加盟国は「AMRに対する欧州戦略行動計画(European Strategic Action Plan on AMR)」を採択しました。その後、同通達を更新する形で、2017年に「AMRに対するEUワンヘルス行動計画(EU One Health Action Plan against AMR)」が採択されました。この行動計画は、EUをベストプラクティス地域として、研究開発とイノベーションを促進し、世界的なアジェンダを形成することを目標としています。 長年にわたり、スウェーデン、デンマーク、オランダ、そして最近ではルーマニアがEU理事会議長国としてAMRに対するEU規模での措置を提唱する重要なプラットフォームを提供してきました。

欧州以外の地域でも、すべての国に対して2017年までに国家行動計画を作成するよう求める世界保健機関の「AMRに関する世界行動計画」が2015年に始動したことによって、AMRとの闘いは大いに勢いを増しています。2つ目の画期的な展開は、2016年の国連総会での政治宣言であり、この宣言で各国は、「ワンヘルス」のアプローチに従って、ヒトの健康、動物の健康、及び環境衛生を包括する多部門間のNAPを策定し、実施することを約束しました。このアプローチは、AMRの原因が多面的で互いに関連し合っており、耐性を抑えるためにはヒトにおける抗菌薬の使用を減らすことが極めて重要である一方で、農業活動、産業汚染、及びその他の環境的影響などの要因にも対処する必要があることを認識したものとなっています。AMRを加速させる主要原因は状況によって異なるため、AMRとの闘いで成果を上げるには各国主導のNAPが最も重要になります。

AMR:さらなる官民の取り組みが必要

世界各国は、ステークホルダー間のエンゲージメントを構築し、ヒトの健康、動物の健康、及び環境衛生を包括する幅広い取り組みを調整する最善の手段として国家行動計画を使用してきました。しかし、ほとんどの国がすでに国家行動計画を策定済み又は策定中にもかかわらず、EU/EEA地域などの先進国でさえ、国家行動計画の実施状況に大きなばらつきがあります。例えば、多くの国のNAPには作業計画やモニタリング計画がなく、EU/EEA諸国のうち明確な資金源が示されている多部門横断的な国家行動計画があるのは5分の1にとどまっています。

新たな抗菌薬、ワクチン、及び迅速なポイント・オブ・ケア診断薬の研究開発を刺激するといったその他の取り組みは、依然として各国間で一貫性がなく、世界規模では不十分です。例えば、抗菌薬の研究開発を刺激することを目的とした市場参入報奨金などのインセンティブに対しては繰り返し支持が示されているにもかかわらず、そうしたスキームに資金を提供するファンドの設立を主導しようとする国は未だありません。

最近、民間部門ではAMRアクションファンドなどの重要なイニシアチブが立ち上げられています。AMR Industry Allianceの大手製薬企業約20社によって設立された同ファンドは、2030年までに2~4剤の新規抗菌薬を患者さんに届けることを目指し、今後数年間で10億米ドルを投資していくことを約束しています。

しかし、一部の専門家は、まだ十分な対策が取られているとは言えないとし、現在ばらばらに行われているAMRとの闘いへのアプローチを打開する包括的なグローバルメカニズムとして、「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」のような法的拘束力のある世界的な条約の必要性を訴えています。

対話を続けること

一方、保健制度と政策に関する欧州監視機関では長年にわたってこの問題に取り組んでおり、「AMRの危機を回避する」ための適切な国家行動計画の策定に関するエビデンスを提供することや、その国家行動計画の実行を手助けする運営ツールの開発を支援することで、欧州諸国をサポートしています。また、さらなる対策の必要性を訴える上記のEU理事会議長国による取り組みも支援しています。ユーロヘルスの2020年春版では、「薬剤耐性への取り組み」が主なテーマとして取り上げられました。これは多数の死者を出しているCOVID-19のパンデミックが世界を襲う中で発行されたものであり、このような健康危機に対する社会の備えについて問題を提起し、まだ一般の人々にコロナウイルスほどはっきりと認識されていないこの重大な問題について正面から取り上げています。

COVID-19は、パンデミックのような甚大な被害をもたらす衝撃的な出来事に対処し、効果的に対応できるレジリエンスのある医療システムにしっかり投資することがいかに重要であるかを示しました。それに基づき、欧州監視機関では、WHO欧州地域事務局によって召集された独立した「健康と持続可能な開発に関する汎欧州委員会:パンデミックを鑑みた政策の見直し」の取り組みを支援していきます。同委員会は、COVID-19の世界的流行に対する各国の対応から学び、医療システムや社会的ケアシステムのレジリエンスを向上するための投資と改革について勧告を行っていきます。

AMRやパンデミックに対する備えは、9月下旬/10月上旬に開催される今年のガスタイン欧州保健フォーラム(European Health Forum Gastein:EHFG)の年次会議の重要テーマの1つとなります。当機関はEHFGに長年参加し、貢献してきました。初のバーチャル開催となる今回のEHFGでは、欧州の最も差し迫った健康問題について議論し、根本的な変化をもたらす対策を刺激するため、欧州のトップレベルの政治家、研究者、市民団体活動家、業界代表者、及びジャーナリストが集結します。

コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、人々の注目をほとんど独占する中、このような前代未聞の時にAMRを引き続き欧州や世界のレーダーでとらえていくためには、政府、業界、及び市民団体の関係者の間で、また社会全体として、対話を継続していくことが極めて重要になります。COVID-19の世界的流行は、感染予防と管理に対する一般市民の理解を深める上で大きな役割を果たしました。したがって、その裏にある大きな勢いをAMRとの闘いに活用すべきです。実現を祈るだけではなく、総合的な緊急対策を行っていく必要があります。AMRのパンデミックは予測可能であり、防ぐことができます。何の備えもなくその時を迎えるようなことがあってはなりません。

この記事は、ガスタイン欧州保健フォーラム(EHFGから提供されたものです。

この論説は9月初旬に執筆されたものであり、引用されているCOVID-19に関する数字は現状と合っていない可能性があります。

アフリカ地域におけるCOVID-19のアウトブレイク

詳しい情報については、Open Access Governmentが世界保健機関アフリカ地域事務局の公衆衛生専門家であるMary Stephen博士に行ったインタビューをご覧ください。この記事の中で同博士は、201912月に中国で初めて報告されてから今なお続くCOVID-19のアウトブレイクについて詳しく語っています。その話から、アフリカの各国政府や保健当局が感染拡大を抑えるためにどのような取り組みを行っているかを知ることができます。同地域では数年前にエボラによる重大な感染症問題が発生し、WHOはその理解と封じ込めに大きく関与しました。同博士はこのインタビューの中で、WHOがその状況に対する取り組みから学んだ、応用可能な教訓について概説しています。

世界の製造業者や研究者らは、ワクチンが使用できるようになるのは2021年以降と予測していますが、そのはっきりとした時期は依然として不透明なままです。それでも、同博士はCOVID-19が現実のものであることを強調し、外出の自粛、手洗い、ソーシャル・ディスタンシング、咳エチケットなどの予防対策の重要性を強く訴えています。この重要なメッセージが現在も世界中のすべての人に当てはまることは、誰もが同意するところでしょう。

WHOアフリカ地域で確認されたCOVID-19症例に関する毎日の更新情報については、こちらのリンクをご覧ください。